おはようございます。
今日8月6日は
1945(昭和20)年8月6日の8時15分、広島市内に原子爆弾が投下された日です。
8時15分に黙とうを捧げます。
原爆投下について、アメリカ国民の意識に変化が出てきたことが報道されていました。
アメリカの民間調査機関のピュー・リサーチ・センターは7月28日にアメリカの成人約5000人を対象にした原爆投下についての世論調査の結果を発表しました。
広島と長崎への原爆投下について、35%が「正当化できる」、31%が「正当化できない」、33%が「分からない」と回答したそうです。
原爆投下直後の1945年の調査では85%が投下を支持し、2015年の調査では56%が「正当化できる」と答えていました。
今回、世代が若くなるにつれて「正当化できない」の割合が増え、最も高かったのは「18歳から29歳」の44%でした。
80年の間にアメリカ国民の意識が変わってきていることがわかりますね。
さて、日本人はどうでしょうか?
広島市の平和公園にある原爆慰霊碑には「安らかに眠って下さい。過ちは繰返しませぬから」ということばが刻まれています。
「過ちを繰り返さない」という部分の主語は、一体誰なのか。
実は、長く論争が行われてきたテーマです。
日本人は「私たち」と思っているのではないでしょうか?
この碑文に疑問を投げかけた方がいます。
東京裁判に関わったインドのパール判事です。
パール判事は原爆慰霊碑ができた年に広島を訪れ「原爆を落としたのは日本人ではないのに、碑文は表現が不明瞭だ」などと指摘しました。
パール判事のみならず一般の市民や有識者からも疑問の声があがり、碑文を取り替えるか注目を集めたこともありました。
碑文のことばを作ったのは、広島大学の教授だった雑賀忠義さんです。英文学が専門で雑賀さん自身も被爆者でした。
碑文の英訳では「過ちは繰返しませぬから」の部分について、次のように記されています。
「For we shall not repeat the evil」
碑文を考案した雑賀さんは主語を「we」、「私たち」と捉えていました。
主語を「全世界の人々」ととらえたようですが、日本人には「私たちの罪」という思いがなぜかあります。
今日は80年前に広島に原爆が投下された日。
パール判事の問いかけをもう一度考えてみましょう。
「この『過ちを繰返さぬ』という過ちは誰の行為をさしているのか(略)ここにまつてあるのは原爆犠牲者の霊であり、原爆を落したものは日本人でないことは明瞭である。
落したものの責任の所在を明かにして、『わたくしはふたたびこの過ちは犯さぬ』というのなら肯(うなず)ける」(田中正明編著「パール博士『平和の宣言』より)
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