葵です。
大学生のティーンエイジャーだった頃、哲学を学ぶのが楽しかった時がありました。
大学の一般教養で、単位的には必要のない哲学の講座にもでたりしていました。
そんな時に、友達から面白い講座があるから行ってみたらと言われていった講座があります。
そこでは「カント・・・」どか「デカルト…」とを学ぶのではなく、哲学的思考を学ぶ感じ、
実際に起こった出来事から何を考えるかを話し合うものでした。
その時の例題に挙がった実話が今でも忘れらないので、書かせていただきます。
それはある若いカップルのお話なんです。付き合い始めて、なんとなく結婚を意識し始めたころのこと。女性から男性にある質問がありました。
「私の顔が半分なくなっても、変わらずに愛してくれますか?」
その質問を聴いた時、会場は「シーン」と静まりかえりました。男性はなんと答えたのでしょうか…
その男性は「はい」とは答えられませんでした。
そして、その後二人はなんとなく、ぎこちなくなり破局してしまいました。何とも言えない話です…。
男性は真面目な方で、真剣に自分の気持ちを見つめたそうです。恋愛に浮かれていたら「はい」って簡単にいう人もいるかもしれないのに、真面目に自分の内面を見つめたら、永遠にその人を愛せるか自信がなかったんですね。
この質問をする女性も真剣に自分の心と向き合わないと言えないですよね。何があっても彼を愛するという気持ちがないと、言えないよね。
この例を通して、私たちは外見で変わるような愛ではなく、内面を見つめる変わらない愛を求めているのではないか…という話になっていきました。たしかにそうだよね。ティーンエイジャーだった私、また、同じようにその場にいた学生たちは、納得をしていました。
でも、変わらぬ真実の愛を求めながらも、そうなっていないのはなぜなのか…
そこからまた、探究が続くのでした。
みなさんはどう思いますか?真実の愛を求めていますか?真実の愛はあなたの中にありますか?






