死後の世界があると実感することこそコペルニクス的転回

おはようございます。8月も残り3分の一となりました。

お盆休みの間に、職場の先輩が霊界に旅立ちました。

一年前に体調不調を訴えて、仕事をお休みされたんですが、その後は連絡が取れずにいました。

がんでお亡くなりになったということで驚きました。60代です。

20代のころに洗礼を受け、クリスチャンとなりましたが、教会の実情に躓き今は一人で真理の探究をされていました。

政治家の売国ぶりを嘆き、日本の未来を憂いていました。

その思いは引き継いで、よき未来を築きます。

先輩のご家族もクリスチャンでしたが、「死」を恐れていることにいつも疑問をもっていました。

「死」は必ず来る、霊界に行く前に罪を贖っているのになぜ「恐れるのか?」と。

信仰をもっていても、「死後の世界はこういうものだ」と明確にわからなければ、やはり不安になるものです。

だから、「死後の世界(霊界)はこういうもので、そこに行くために何を準備するのか」を明確に教えてくれるものが必要ですよね。

死後の世界(霊界)があるとわかることで、今を生きる目的もかわります。

そして、人生を終える時は「種となって」未来へ実りを託すという考えも必要ですね。

8月はお盆もあり、霊界を意識する時期でもありますが、身近に霊界に旅立たれた方がいて、より霊界を意識しました。

先輩には心からの感謝の思いで、祈りを捧げました。

今日は、人生の終わりを意識したメッセージをご紹介します。

一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。 だが、死ねば、多くの実を結ぶ。
イエス・キリスト(ヨハネによる福音書12:24)

「朝に人としての道を悟ることができれば、その晩に死んでも悔いはない」という事こそが人の道である。人としての努力をすることもなく、ただ死に向かうのは人の道ではない。高杉晋作

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